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蒸気自動車の開発

1801年に蒸気自動車パッフィング・デビル号を試作した。ごく初期の蒸気自動車の1つとされている。同車は試験走行ですぐに破損したが、1803年にロンドンで改良した蒸気自動車、ロンドン蒸気車(London Steam Carriage)を製作し、ある程度の走行に成功した。

ウェールズの町マーサー・ティドビル(Merthyr Tydfil)では製鉄業が栄え、鉄鉱石や石炭の運搬に鉄道馬車を使用していた。また、製鉄所で製造された鉄製品を運河を使ってカーディフ(Cardiff)まで運搬していた。しかし、運河だけでは製品の輸送が追いつかなかったため、1802年にいくつかの製鉄所が共同して、マーサー・ティドビルから途中のアバーシノン(Abercynon)まで運河に沿って結ぶ馬車鉄道を作った。

トレビシックは、1803年にマーサー・ティドビルにあるペナダレン製鉄所(1784年に設立)に雇われ、はじめは製鉄所の蒸気機関の製作にたずさわっていたが、馬の代わりに蒸気機関を用いた車をレール上に走らせて運搬に使用できないかと考えた。トレビシックは、これより前の1802年に小型ながらレール上を走る蒸気機関車コールブルックデール(Coalbrookdale)号(これがペナダレン号と混同されることもある)を試作しており、実現の見通しを得ていた。ペナダレン製鉄所の所有者であるサミュエル・ホンフレー(Samuel Homfray)は、トレビシックの提案する蒸気機関車を用いることにした。ペナダレン号の名前は製鉄所に由来する。

1804年2月21日に、マーサー・ティドビルからアバーシノンまで約14.5km(約9マイル)の距離を、鉄10tと70人の乗客を乗せた5両の車両を牽引して走行することに成功した。速度は時速約 8km(約5マイル)ほどだったようだ。出発後、間もなくペナダレン号の煙突が低い橋にぶつかって破損し、その場で修理した、という記述も見られる。所要時間は約4時間5分だった。

蒸気機関車の走行には成功したものの、前途は多難だった。初の走行の際にもいくつかのトラブルに見舞われたが、一番の問題はレールだった。当時のレールは馬車鉄道用に作られており、もろい鋳鉄製レールを用いていた。そのため、機関車の重量に耐えられず、ほどなくして破損した。また、蒸気機関車にも、回転にムラがある、動力伝達用の歯車が破損する、大きな音を出す、などの問題を抱えていた。このため、蒸気機関車による運搬は3度ほどで中止され、馬車の牽引に戻された。

このように、レールと蒸気機関車を用いた本格的な鉄道の実用化までには至らなかった。まだ、レールも蒸気機関車も開発途上にあり、いましばらくの改良が必要だった。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

リチャード・トレビシックは蒸気自動車の開発をした人物です。

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2010年1月 6日 22:19に投稿されたエントリーのページです。

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